23.10.6 【心理学】【精神病理学/精神分析】の書籍を2点追加しました。
23.9.26 【生物学】の項目を追加しました。書籍を3点追加しました。
本記事は、近年社会的に認知されるようになってきた「自閉症スペクトラム障害(以下、ASD)1」について、様々な学問的視点から読み解くために、私自身が読み歩いた書籍を紹介するブックガイドです。
まずは簡単な自己紹介をさせてください。私は注意欠如・多動症(以下、ADHD)とASDの併発当事者です。精神障害者保健福祉手帳2級を保有しています。障害者雇用は受けておらず、個人事業主(フリーランスのデザイナー)として経済的基盤を作り出している状況です。
大学を卒業後、会社組織に馴染めず、かつコミュニケーションに関して複数の障害があったことから、逃避するように個人事業主の道を選びました。経済的基盤が安定するまで、実に様々な苦労がありましたが、ここでは割愛します。
さて、このような経歴を書くと、後述するような内容の書籍を期待する読者がいるかもしれません。それは例えば、「発達障害者が個人事業主として活躍する方法を教えてくれる書籍」であったり「就労を継続するための解決策を教えてくれる書籍」などです。こうした話題は、「働くこと」に前提を置いています。すると「人が働く意味とは2」といった根本的な問いを隠してしまいますので、今回はそうした議論からは離脱します。
というわけで、本記事では安直な結論に飛びつくような書籍は除外します。私自身が、「自分とはなにか」を理解すること、「障害」を理解すること、そして「社会」を理解することに興味があったので、そうした探求に役に立った書籍をご紹介します。
学問(ジャンル)別に書籍をまとめてありますので、興味のあるものから読んでみてください。※また、なぜこの記事が「学問別の視点で書籍をピックアップしたのか」の理由については、最後の「終わりに」に記載しています。このブックガイドが、障害に向き合おうとする初学者の役に立つことを願います。
目次
【哲学】哲学からASDへのアプローチを試みる
まずは、哲学の視点からASDを読み解いていきましょう。
これからご紹介する数多くの著者が指摘しているように、ASDが経験する世界は、定型発達と違い対人コミュニケーションの領域に留まりません。そこには、知覚・記憶・想像力・時間感覚において違いが見られるといいます3。
この4つの項目は、まさに哲学が探求してきたトピックたち。歴代の哲学者たちは、自分の心の内側を観察・記述し、論理化させることで、その構造を考察し続けてきました。つまり哲学とは、内部観察と内部省察の2つの姿勢がベースにあるのです。
しかし、自分の内側だけに入り込んでしまっては、「自分」というものが不明慮にはならないでしょうか?実は従来の哲学は、定型発達的な精神の在り方を「人間」の精神と認識し続けてきた側面があります。そこで近年では、精神病理や発達障害を哲学的考察の視野に取り入れる試みが行われるようになってきました。
近い将来、今後ASDを理解するために必要な、想像力・共感性といった類の哲学が、ASD的視点を導入することで構造変動を起こし、再編成されていくかもしれません4。そうした転換点であることを考えると、今からでも哲学とASDとの関係について考えることは重要だと感じます。
【哲学】村上 靖彦『自閉症の現象学』
まずひとつが、村上 靖彦『自閉症の現象学』(勁草書房、2008年)です。本書は、「現象学」という手法」を用いて、自閉症について探求した内容です。「現象学」といえば、20世紀にフッサール 5が発展させたことで知られていますが、あまり馴染みのない方へ向けて補足します。
現象学とは、その人が独自に構成している「世界」があることを前提に置き、その世界の構成をあるがままに直視し、把握する(つまり、いかなる先入観、形而上学 6的独断に囚われず、対象の人物に接近する)方法です。
著者の村上氏は、視線触発(他者の視線に反応すること)、図式化(現実を単純なパターンに置き換えること)、現実(予測不可能な出来事のこと)といった事柄が、自閉症者と定型発達者とでどう異なるのかを、臨床的な観察から考察します。哲学の手法を用いて、自閉症者の経験世界を再構成ないし分析を試みるわけです。
※(本書にどう出会ったか)國分功一郎『暇と退屈の倫理学』の注釈で知りました。同書から、熊谷晋一郎氏を知り、後述する「当事者研究」という営みの存在を知ることになります。
【哲学】相川 翼『自閉症の哲学 構想力と自閉症からみた「私」の成立』
相川 翼『自閉症の哲学 構想力と自閉症からみた「私」の成立』(花伝社、2017年)は、自閉症に関するこれまでの論理的仮設を整理し、ドイツの哲学者イマヌエル・カント(以下、カント)の認識論 7と照らし合わせることを試みます。
カントは、人は認識を統合するために、感覚と思考力を橋渡しする「構想力」という能力があると考えました。著者の相川氏は、この構想力が「人により発達の仕方や働き方が異なるのではないか」という仮説を打ち出し、システム式思考か共感的思考に向かうかというモードの違いで、自閉症と定型発達との違いを説明しようとします。
【哲学】内海 健『自閉症スペクトラムの精神病理: 星をつぐ人たちのために』
精神科医である著者が、精神病理学の手法を使いASDを考察している本書。自閉症の主観的経験の観点から始め、その特性がいかに帰結するかを丹念に解き明かそうとします。内海氏は、まず「私」が存在し、それが他者とコミュニケーションするのではなく、「私」が「私」としてある根幹の成り立ちに他者との交感があり、それ自体が定型発達の精神構造の成り立ちである、と捉えているのが興味深いポイントです。
ASDと定型発達を比べれば、ASDの心の構造はある種異質だと言えますが、逆に定型発達の心の構造もまた、ASDにとっては異質であるし、一つの特殊な心のかたちに過ぎません。そう指摘する本書からは、ASDを理解する上で一つの新しい視点を提供してくれるはずです。
【社会学】ASD的視点から親密性と共同性を読み解く
社会学は、あらゆる現象が社会的に構築されたと考える学問です8。仮に社会学がASDについて論じるならば、「それが社会的にどう構築されたのか?」について関心を持つといえるでしょう。とはいっても、ASDの原因を社会に対して求める考えはありません。また、社会が変容するとASDは無くなるという考えもありません。社会学は、社会との相互作用を抜きにして、ASDについては論じられないと考えるからです。
社会学的な視点を引き合いにASDを語るならば、こういえるでしょう。ASDは当事者が単独で作りあげるものでも、脳が作りあげるものでもありません。当事者が生きる社会の中で、あるいは他社との相互作用によって、ASDは作り上げられるでしょう、と。このような「社会学的」な視点は、ASDを読み解く上で有効だと考えます。
【社会学】立岩 真也『自閉症連続体の時代』
表題にある「自閉症連続体」は聞き馴染みのない言葉です。本書を通読すると分かりますが、発達障害、ADHD、ASDといった症状・障害を逐一分けず、「連続体」とひとまとめに論じているのが、本書最大の方針なのです。著者は本書の目的を、「名指すこと意味づけることを巡って錯綜している現況を解きほぐすこと」と定義しているのが、ひとつのポイントでしょう。
ひとつ質問をします。ASDだと診断された人が、とある仕事で大きな失敗をしました。その人は決して怠けていたわけではありません。そうした場合、病気や障害のせいだと主張することは、「甘え」でしょうか9?そうであれば、その責任をどこまで引き受ければよいでしょうか?本書ではこのような問に答えるべく、当事者の意見やASDに関する膨大な資料を基に、丹念に論じていきます。
「丹念に」というのは言葉通りで、前提から問い直し一つ一つ丁寧にその結論へと歩みを進めていきます。冗長で実践向きの本とは到底言えませんが、そうした著者の態度からは、「問題を手放さないという課題」を読者に突き付けているように感じます。
【社会学】大嶋 栄子『生き延びるためのアディクション―嵐の後を生きる「彼女たち」へのソーシャルワーク』
本書は、女性の依存(アディクション)問題を、ジェンダー的視点から構造的問題へと捉えなおすとともに、そのような依存問題を包括的に支援するべく、ソーシャルワークモデルを提示することを目的とした書籍です。興味深いのは本書での「回復」の定義です。著者曰く、回復とは「依存的な症状がなくなる」ことでありません。それは「生き延びるための依存行為が終わった後に、彼女たちが抱え込まされてきた本質的な課題へと向き合うこと」を指しているのです。
【社会学】上岡 陽江,大嶋 栄子『その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち』
暴力や虐待といった「理不尽な体験」を生き延びた人たちが、生き続ける現実について書かれた当事者研究の書籍。人はモノへの依存の前に、人への依存が形作られていることを、明快に解説しているのが興味深いです。
ひとつ質問をします。例えば、とある母親が家庭内で孤立し、経済的問題を抱え、子供に依存するようになったとします。すると子供は境界線を壊され育つことになるでしょう。つまり、他者とぴったり重なる関係を、人間関係のテンプレートとして幼少期に刷り込まれてしまうわけです。この状態のことを、著者は「ニコイチ」(ふたつでひとつ)と定義しました。
このようなニコイチの状態を、あなたはどう思うでしょうか?おそらく傍目では仲良く見えたり、献身的な面倒見の良さを母親に対して感じるのではないでしょうか。しかし、実はこのような関係は、きわめて不安定だと著者は指摘します。
他者と常時重なり合うことは、本来不可能です。ぴったりと重なり合っていたとしても、少しのズレが発覚すれば、「裏切られた」と感じることになるでしょう。ヒトに依存している人というのは、このような裏切られ体験を重ね、慢性的な空虚感にさいなまれています。それが、依存行動や自傷行動へと進んでしまうと、著者は指摘しました。
ASDとは直接的に関係が無いように思える本書ですが、他者との相互作用を考える上ではとても勉強になる内容だと感じました。ですが、過去に虐待を受けた方、もしくは現状そのような状況の只中にいる方に注意です。本書では複雑性トラウマの体験が多く記述されていますので、読む場合は気を付けてくださいね。
【社会学】庄司 洋子『シリーズ福祉社会学4 親密性の福祉社会学: ケアが織りなす関係』
ASDは、目に見えない抽象的な事柄が把握しにくいといれています。そんなASDにとって、「親密性」という言葉はどのように受け止められるでしょうか?
本書では、家族という定義を超えるケアの担い手まで射程に入れ、ケアをする側とされる側の関係性を分析します。「親密性」という言葉が登場したことについて「関係性の民主化」が進んでいる証だ、と指摘し、ケアをめぐる議論が展開されていきます。
親密性は制度に依存しません。故に一瞬にして消失するリスクもあります。ということは、親密性の問題とは新しい社会的リスクであると言い換えることができます。このような不安定といかに向き合うか。これは現代社会に生きる多くの人々の共通課題ですが、自閉症者の問題としても捉えることができるはずです。
【一般書】ASDについて深いインスピレーションを受けられる書籍群
【一般書】ジョン・エルダー・ ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら:私のアスペルガー治療記』
ASDである著者が、TMS治療 11の経過を紡いだノン・フィクション著作。治療を受けることで、これまで感じたことのない感覚と、それにより失うものに戸惑いながらもそれらを受け入れていきます。
個人的に良かったポイントは、著者が治療を受ける中で、初めて音楽に感動するシーンと、他者の痛みに対して思いを至らすとき、その苦しみに衝撃を受けるシーンです。当事者でなくとも、ASDが日々どのような世界を知覚しているのかを知れる良書ですよ。
【一般書】泉 流星『僕の妻はエイリアン』
ASDである妻と結婚生活を始めた夫(著者)が、日々経験する日常を一つひとつ具体的に記述することを通して、ASDと定型発達の違いについて分かりやすく解説する本書。要所にユーモラスを交えながら綴っており、読み進めやすいのもポイント。個人的には、ASDの特徴の中のひとつである社会性障害に関する経験について、特に共感できる内容が多く、色々と示唆を頂きました。
【一般書】綾屋 紗月『前略、離婚を決めました』
著者が、アルコール依存症のDV夫とどう出会い、どうやって離婚するに至ったか、赤裸々に綴った自伝的エッセイ。ちなみに著者である綾屋氏は、当事者研究に関する書籍も執筆していることで知られています。DVの現状と、ASD当事者である著者の内面を、ここまで丁寧に言語化したエッセイはあまり類を見ません。
【臨床医学】精神疾患の治療を主目的とした医学の分野
さて、ではもう一度学問に戻りましょう。続いては、臨床医学の分野に関する書籍をご紹介します。ちなみに臨床医学とは、患者について診察、治療することを主目的とする医学分野のこと。私がASDに関して理解を深めようと、まず最初に手に取ったのが、精神科医である岡田尊司氏の書籍でした。
岡田氏は、京都大学院にて研究に従事するとともに、岡田クリニック院長として活躍する方。発達障害治療について、現在も最前線で研究をおこなっており、著者の本は今でも良く手に取ります。そうした理由もあり、同著者の書籍が多めに紹介しています。
【臨床医学一般書】岡田 尊司『自閉スペクトラム症 「発達障害」最新の理解と治療革命』
『自閉スペクトラム症 「発達障害」最新の理解と治療革命』は、2020年までのASDに関する最新の知識・理解および治療法について解説された書籍です。ちなみに同著者が2009年に出版した『アスペルガー症候群』(幻冬舎) 12もありますが、こちらは研究内容や治療法が古いです。
本書は、ASDについて解説するだけにとどまらず、研究史の解説やASD急増の背景、治療法の紹介など幅広い内容を網羅しており、ASD初学者に特におすすめしたい書籍です。参考文献が豊富とはいえませんが、とはいえキーワードが豊富ですので、理解を深めたい方は各自深堀することをおすすめします。
個人的には、本書を読んで回復事例として紹介されている「メンタライゼーション・トレーニング」の存在を知れたことが良かったです。
【臨床医学専門書】リサ・フェルドマン・バレット『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』
表題にある「情動」とは、一時的で急激な感情のことを指します。 13私がこの本を手に取った理由は、「ASD傾向の私自身は相手の情動に強く共感してしまう一方で、なぜ相手の感情を理解することが難しいのか」「情動はどのように構築され、そして他者にどのように影響するのか」を知りたかったからでした。
本書を読んで前述の2点が解決されたのはもちろんですが、攻撃的・排他的な状況で苦しんでいる状況に置かれた人にも役立つ内容だと感じました。排他者がなぜその感情を示すのかが論理的に説明されているからです。とはいえ、じゃあ具体的にどうするか。の部分については結論が出ておらず、読者が個別具体的に考える必要があります。
【臨床医学一般書】熊谷 晋一郎『当事者研究――等身大の〈わたし〉の発見と回復』
「当事者研究」とは、日本独自の取り組みで、「自分助け」の技法のことです。著者の熊谷氏が編んだこの手法は、元々統合失調症を中心とした精神障害のある方々の間で行われていましたが、現在は地域や分野を越境して、依存症・発達障害・双極性障害・吃音といった障害などにおいても実践されています。14ちなみに本書では、ASDの研究についてまとめられています。
ノーマライゼーション「障害者にとって暮らしやすい環境=一般人も暮らしやすい環境」という考えは、比較的ポピュラーになった現代ですが、当事者研究は、その考えを身体障害者から発達障害・依存症へと拡張しようとする試みです。
【臨床医学一般書】岡田 尊司『カサンドラ症候群 身近な人がアスペルガーだったら』
カサンドラ症候群とは、家族やパートナーがASDのために、情緒的な相互関係を築くことが困難で、ASDの身近にいる人の心身の不調を来す状態のことを言います15。私自身が他者への共感性に貧しく、なのに他者の気持ちを理解したい欲求もありで混乱していたので手に取った本。
ASDの他者配慮のなさ、言葉の背景にある意図の読めなさ、共感性のなさにより、身近にいる人の精神的な状態がどのように悪化していくのかが論じられており、興味深いです。実際に心理的な葛藤があり、関係が破綻に瀕している男女にはとても参考になるかと。
【心理学】ASDの心を探求し解読を試みる
心理学とは、科学的な手法により研究される心と行動の学問のことです16。ここでは、心理学の的視点からASDを読み解く参考書籍をご紹介します。その前に、「心理学の視点17」について共有しておきましょう。
前述のように、心理学とは心と行動に関する学問です。なので、患者の心と行動に関して考察することで、心理学の視点でASDにアプローチが可能といえます。ですが待ってください。人の「心」というのは、観察可能なのでしょうか?この問いのヒントとなるのが、「内観法18」と呼ばれる心理療法です。この手法を使うと、「意識経験を観察した本人の発話から、意識経験を観察可能になる」のだといいます。
すこし情報を整理してみます。とある人物が泣いていたとしましょう。この泣くという行動は「客観的に観察できる活動」と定義できます。とある人物が悲しくて泣いている時、とある人物自身も、自分の心の状態を観察しています。これが前述した「内観」です。とある人物は「私すごい悲しいです」といった言葉を発し意識経験を報告します。この報告が、「内観的に観察できる活動」と定義できます。するとこう言えるでしょう。心理学とは、外観的に観察可能な活動と(行動)、内観的に観察可能な活動(心)を扱う学問である、と。
外観的に観察可能な活動と、内観的に観察可能な活動を通じて意識経験も観察可能な活動として、ASDにアプローチする。これが心理学の視点です。この視点を持つと、他の学問とはまた違うアプローチで、ASDを考えることが可能ではないでしょうか。
【心理学】白石 雅一『自閉症スペクトラムとこだわり行動への対処法』
自閉症者が示す常同行動について、事例を交えつつ説明した本。「情動調律」に主眼を置いたやりとりを子供と行うことで、強いこだわりの行動に対処する方法について記載されています。この手法により、子供とともに情動をコントロールする体験をし、肯定的な自己肯定感を育てることを、本書は目標に置いています。
加えてもう一冊。石井 哲夫, 白石 雅一『自閉症とこだわり行動』(東京書籍, 1993)は、基本的には前述の書籍と同様の内容で、こちらのほうがやや古いです。とはいえ、個人的には合わせて読んだ方がより理解が深まると思います。
【心理学】JacquelineN. Crawley『トランスジェニック・ノックアウトマウスの行動解析』
行動、興味、反復的な様式について行われている興味深い研究があります。それは人ではなく、ネズミを対象とした研究で、自閉症の原因として考えられる、あらゆる要素をネズミに導入・投与・処置して、自閉症のネズミを作り出すというものです。初めて知った時はちょっと驚きましたが、この研究は心理学の視点をよく表しており、個人的に示唆に溢れていると感じました。
当研究に関して説明すると、とても1記事では収まらないので割愛します。詳細を知りたい方は本書をお勧めしたいですが、高価です。コンパクトに知りたいかたには、『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代』(ミネルヴァ書房, 2019)がおすすめ。本研究について4Pほどでまとまっています。
また、当研究に関する行動遺伝学については、小出 剛 (著), 山元 大輔 (著)『行動遺伝学入門: 動物とヒトの“こころ”の科学』(裳華房、2011)P172-182とP183-195にて詳しく論じているので、ご興味があればこちらもおすすめです。
【心理学】子安 増生『心の理論: 心を読む心の科学』
「心の理論」という概念がいかにして誕生したか、そしてそれがどのような研究プロセスを経たのかが、解説された平易な解説本です。主にサイモン・バロン=コーエン19が提唱した理論モデルを元に説明されています。2000年に出版された本ですが、エアバス事故やチェスの試合から「人間とコンピュータ」の関係を読み解く部分は、近年のAI論にも結び付けられる内容だと感じました。
【心理学】松本 敏治 『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』
教育学博士である著者の妻が「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよねぇ)」と発言したことをきっかけに、その根拠を求めて研究についてまとめた本。方言が持っている社会的機能とASDが持つ社会性の障害の関係性へと軸を立て、論考が展開していきます。ASD当事者としては共感できる点が多く、面白かったです。
ちなみに本書は言語学の側面が強いですが、自閉症児のコミュニケーションの特異性に迫る内容ということで、「心理学」としてご紹介しました。
【心理学】前原 由喜夫『心を読みすぎる: 心の理論を支えるワーキングメモリの心理学』
ワーキングメモリが心の理論の機能と密接にかかわっているという知見から、「他人の心を読み過ぎる・読み間違える問題」について、実証的データをもとに考察していく本書。日頃から「他人の心が自分の心と同じ」だと錯覚してしまうことが多い私としては、ワーキングメモリへの負担がその原因だという指摘は驚きでした。
【精神病理学/精神分析】障害を外側でなく、内側から理解する
精神病理学とは、精神医学の基礎理論の一つとされています。精神疾患の精神状態を記述・分類し、心に生じる体験を把握することを目的とした理論のことです。ここからは、精神病理学の視点からASDを読み解く上で参考になる書籍をご紹介しましょう。
なぜ精神医学ではなく、精神病理学を選んだかというと、精神病理学が患者を「外側ではなく内側から把握することを試みる理論」だという点に惹かれたからです。
精神医学がよく引き合いに出す診断基準のひとつ『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』には、ASDを「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥」と説明しています。私はASDを、「限定された様式(あるいは欠陥)」として捉えることに少し違和感を感じていました。なので、「医学が客観的な対象(体や細胞)に注目するのに対し、精神病理学は患者の主観的な体験に主眼を置いている」という点に惹かれたわけです。
続けて精神分析とは、精神医学とは別の流れで生まれた精神障害治療のための理論です。心理学者であるジークムント・フロイトにより生み出されたと知られています。精神病理学とは違う理論ですが、「患者を内側から理解する」という点では共通点も多く、2つを合わせて取り上げることにしました。
【精神病理学/精神分析】松本 卓也『症例でわかる精神病理学』
精神医学者、現代思想研究者である松本卓也氏が執筆した精神病理学の入門用書籍。歴史的な経緯も踏まえ、網羅的に各精神病の症状を解説しており初学者に最適な本だと思います。古典的な理論から、現代のASDの現象学的研究までカバーしており、内容は豊富です。
記述心理学20、現象学21、心理学といった視点を加え、障害の捉え方を豊にしてくれます。私は松本卓也氏の書籍に出会ったことで、フロイトやラカンの精神分析学に興味を持ち始めました。
【精神病理学/精神分析】松本卓也『人はみな妄想する -ジャック・ラカンと鑑別診断の思想』
神経症と精神病の鑑別診断論的視点から、ラカンの理論を丹念に追う本書。思想ではない視点からラカンをを読み解くのが、新鮮でした。論点について、パラフレーズを意識していたり、客観的叙述となっているので、そういう意味では理解を進めやすいのもポイント。
(なぜ手に取ったか)ラカンに興味を持った時期に、千葉雅也氏の書籍に(確か『勉強の哲学』だった気が…)「ラカンの入門書」として推薦されていたので手に取りました。ですが、本書は基礎知識がないと通読困難です。なので、初学者には斎藤環『生き延びるためのラカン』をおすすめします。最初はこちらのほうが、体系的に理解を得られます。
【精神病理学/精神分析】熊谷高幸『自閉症と感覚過敏―特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?』
ASDにおける「感覚過敏」の本質に迫る本書。感覚過敏から障害の症状を理解することを試みる点が新鮮でした。私自身が「感覚過敏」の為、色々と納得させられた部分が多かったです。特に、「敏感であるが為に、その刺激に圧倒され情報を取りこぼす可能性がある」といった指摘には、なるほどなと。
【精神病理学/精神分析】綾屋 紗月, 熊谷 晋一郎『発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい』
「感覚過敏」「こだわりが強い」といった発達障害の感覚に関する研究を、ASD当事者である綾屋 紗月氏と脳性麻痺当事者の熊谷 晋一郎氏がまとめた本。ASD当事者による生活上の困難や、それが生じる理由が詳細に語られており、共感が止まりませんでした。
個人的には、こういう「感覚的な部分」が丁寧に言葉に落とし込まれた書籍を読むと、障害に対する想像力と支援の選択肢が広がるのでとてもありがたいです。しんどさの量的違いを自覚する上で、本書で書かれたことは今でも参考にします。
余談ですが、著者の綾屋 紗月氏が「TEDx Talks」にて当事者研究について語った動画がとても面白いので、興味があれば是非ご覧ください◎
【生物学】唯物論的ポジションで、障害について考える
たった一つの受精卵から、幾多の細胞により形成されるASD当事者の脳は、一体どのようにして作られるのでしょうか?こうした問いに対し生物学は、ラットやマウスなどの齧歯類を研究対象とし、脳や神経系のメカニズムを探りながら、その謎に迫っていきます22。生物学(biology)とは、生命現象を研究する自然科学の一分野の一つ23だからです。
1970年代後半、生物学の界隈でとある概念が提唱されました。それが、胎児期の発生環境と成人病の発症リスクとの関係から導き出された、DOHaD仮説24です。これは、「大人になってからの健康状態、疾患の罹りやすさの起源が、胎児期まで遡れる」という仮説のこと。この仮説が後に「精神疾患にも当てはまる25」ことが指摘されるようになりました。
その結果、これまで胎児が発生する環境としての母体にそのすべての影響があると注目されてきましたが、精子を介した父親からの影響についても、今後さらなる検討が必要であることが分かりました。ちなみに精子形成の過程に影響を与える要因としては、栄養摂取、喫煙、生活習慣、薬物など多種多様な生物学的な要因が考えられます。こうした生物学的なアプローチでもってASDを研究すれば、これまで解き明かされなかった発達障害発症の原因について、何かの糸口がつかめるかもしれません。
研究者だけにとどまらず、これは私達一般読者にも同じことがいえます。心理学や社会学的なアプローチとはまた違う「生物学的」なアプローチでASDについて(つまり、障害をつかさどる生物学的な要因について)考えば、ASDに関する理解を深めることができるかもしれません。
【生物学】大隅 典子『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』
ASD発症の遺伝的側面に加え、脳の発生・発達のしくみなどについて解説された本です。脳の発生プログラムは複雑なため、ほんの少しボタンの掛け違えがあっただけで、否定形な脳が発達する、という指摘にはなるほどなと。
「あらゆる状況で僅かでも異変は起こる可能性があり、種々の特性へと結びつく可能性がある」と著者が主張していますが、だからこそ「スペクトラム」という捉え方が適しているのだなと個人的に感じました。
【生物学】ユクスキュル『生物から見た世界』
この本で提唱される「環世界」という概念が非常に興味深いです。ちなみに環世界とは、「すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、それを主体として行動している」という考えのこと。例えばダニは視覚や聴覚がなく、酪酸の匂いと、体温と触覚の3つしか感じられない世界に存在します。人間では想像が難しいダニが独自に知覚する世界そのものを、「環世界」というのです。
著者は、普遍的な時間・空間も、主体(動物)にとっては独自の時間・空間として知覚されると指摘しました。これは人間にも応用可能しょう。私たち人間は生物学的には同じ人ですが、一方で人間という存在は多様であり、人はそれぞれの環世界を生きていると言えます。とすれば、発達障害者と定型発達者の環世界は別物と言えますし、同じ障害同士であれば、環世界を共有できているとも言えるはずです。
「環境」とは似ているようで全然違う「環世界」。この概念を知れたことで、「みんなできるのに、自分だけできない」と思い悩んだ際、「みんなができるのに、自分だけできない」という固有の環世界に私は生きているのではないか、と考えるようになりました。環境を変えるには、個人の力では限度があります。しかし、環世界を変えることはある程度可能です。なぜなら、環世界とは「自分にとって意味のあるものとして選び出されたものを、感覚器官を通して知覚し作り上げられたもの」だからであり、それ自体は自分で変えることも可能だからです。
【生物学】大隅 典子 『脳の誕生』」
脳の発生、発達、進化をメインテーマとした書籍。一部内容的には、大隅 典子『脳からみた自閉症 「障害」と「個性」のあいだ』と重複する部分もありますが、同書ではあまり触れられなかった発生・進化について特に詳しく論じられています。
生物学的な知識がない方でも比較的読みやすく、かつ参考文献も豊富なので、まず読むなら本書がおすすめ。
終わりに
私が、多様な学問的視点からASDを読み解くことを意識するようになったきっかけは、前述のとおり自閉症学(Autism Studies)との出会いでした。あらゆる学問の分野の研究者が集まり、「自閉症」について学際的なアプローチの束としての自閉症学を提案するという野心的な試みを行う本書は、時代の潮流と社会、そして学術を線でつなごうとする研究者たちの情熱が詰まっており、手に取った時は衝撃を受けました。
本書に出会ったことで、学問的な視点でもってASDを読み解くことを意識するようになりました。多様な学問的視点を採り入れれば、それこそ多様な目線でASDについて理解が深められるかもしれない!と考えるようにも。最後に本書をお勧めして終わります。
最後までご覧いただきありがとうございました。最後に、今回ご紹介した書籍に関して何か質問があったり、他におすすめの書籍などがある場合はお気軽に@deepspaceout12までご連絡ください。また誤った記述・引用や認識があった場合は、ご指摘いただけるとうれしいです。
追記(2023年9月19日)ちなみに執筆時点では、計5つの学問的視点から書籍をピックアップしましたが、今後は芸術学、生物学、文化人類学といった視点からの書籍も追加する予定です。既に記載済み学問についても、今後どんどん書籍を追加する予定ですので、時間がたったらこの記事に戻ってきてみてください。
注釈
- ASDの主な症状として『DSM-5』は、複数の状況下における社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の持続的な欠陥、行動・興味・活動の限局された反復的・常同的な様式、の2点をあげています。(出典 : 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』)
- 「人が働く意味」について鋭く論じたドイツ出身の政治哲学者ハンナ・アーレント(1906年~1975年)という人がいます。詳細については『人間の条件』(1958年)をご覧ください。
- (参照 : 『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代』P93 )同書の第3章にて、野尻英一氏(主にヘーゲルの研究を行っている方)が「自閉症について哲学的アプローチから論じる方法」について記述しています。私が言う「哲学的視点」とは、野尻氏のこの論考に影響を受けているので、ご興味のある方はぜひ読んでみてください。
- 参考文献 : 『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代』, 2019、相川 翼『自閉症の哲学 構想力と自閉症からみた「私」の成立』(花伝社、2017年)
- 元々は数学基礎論の研究者でしたが、ブレンターノの影響を受け、哲学の側からの諸学問の基礎付けへと関心を移し、全く新しい対象へのアプローチの方法として「現象学」を提唱するに至ります(参照 :「エトムント・フッサール /wikipedia)
- 感覚、経験を超えた世界を真実在とし、その世界の府県的な原理を、離席的な思惟で認識を試みる哲学の分野のこと。ちなみに形而上学はアリストテレスの提唱した”metaphysics(メタ・フィジックス)の日本語訳。(参考文献 : 『アリストテレス 形而上学』(岩波文庫)
- 『構想力の論理(第1・第2)』,三木清,岩波書店,1939
『純粋理性批判(上・中・下)』,イマヌエル・カント(原佑訳),平凡社ライブラリー,2005 - (参考文献 : 阪大を去るにあたって: 社会学の危機と希望 | 太郎丸博Theoretical Sociology”. Theoretical Sociology. 2023-9-19日閲覧)。
- 一時期、「甘え」について興味関心が強い時がありました。その時に出会ったのが、土居 健郎『「甘え」の構造』です。日本社会の根底に横たわる「甘え」という危機を、鋭い分析で論じた本書には、刺激を強く受けました。
- 上岡 陽江,大嶋 栄子.その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち : 医学書院、2010, p.62
- アメリカ発の最新のうつ病などの治療方法。磁気刺激で脳の特定部位を活性化→脳血流を増加させ、低下した機能を元に戻すことを目指す。(参照 : 心療内科 精神科 たわらクリニック「TMS治療(磁気刺激治療)について」)
- 表題の「アスペルガー症候群」は、2013年のDSM-5発表以降に自閉スペクトラム症として表現するようになりました。本書の内容的には、岡田 尊司『自閉スペクトラム症』と同等のものが多いですが、とはいえ最新知識が更新されているので、今手に取るなら同書をおすすめします。
- 学問用語としては学問ごとに意味が違う場合あり。「比較的急速に引き起こされた一時的で急激な感情の動き(出典 : 広辞苑第六版【情動】)」であることを押さえておけば大丈夫です。
- 参照 : 熊谷 晋一郎『当事者研究――等身大の〈わたし〉の発見と回復』/ 第一章 当事者研究の誕生 p1
- (参考文献 : Harriet F. Simons; Jason R. Thompson. “Affective Deprivation Disorder: Does it Constitute a Relational Disorder?” (PDF). 2012年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023-9-19-閲覧)
- 参照 : ヒルガードの心理学第15版 2012, p. 6.
- 私が説明する「心理学の視点」は、発達生物心理学の髙瀨 堅吉氏の論考に準じています。特に野尻英一 (編集), 高瀬堅吉 (編集), 松本卓也 (編集)『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代(ミネルヴァ書房, 2019)』の第一章に記載してある「心理学 / 心の世界の探求者からみた自閉症」に、その詳しい視点について論じています。
- 内観法は,吉本伊信(1916~1988)によって考案された自己探求法。森田療法と並ぶわが国独自の心理療法の一つとされる。(出典 :Ⅵ 言語的アプローチ. jascg.info. chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://jascg.info/wp-content/uploads/2015/03/0693891750c346c628dcdb7c7a1dee5b.pdf(参照2023-9-19) )「
- イギリスの発達心理学者。自閉症に関する心理学研究者の1人で、マインドブラインドネス理論、心の理論等の理論で知られている。(関連書籍 : 『共感する女脳、システム化する男脳』三宅真砂子翻訳、NHK出版、2005年、『自閉症スペクトラム入門-脳・心理から教育・治療までの最新知識』水野薫・鳥居深雪・岡田智翻訳、中央法規出版、2011年、共著『自閉症入門―親のためのガイドブック』久保紘章・内山登紀夫・古野晋一郎翻訳、中央法規出版、1997年)
- ドイツの心理学者であるヴィルヘルム・ディルタイが主張した心理学のこと。彼は「心的現象は要素に分析しえない全体」であると訴え、「文節的に心的経験が記述されるべきだ」と主張しました。彼の主張を、シュプランガー、ヤスパースなどが汲み取り、精神医学に影響を及ぼしたことで知られます。(参考文献 : ヴィルヘルム・ディルタイ / Wikipedia)(Jürgen Habermas: Erkenntnis und Interesse, Frankfurt am Main 1968, Kap. II, 7 u. 8.)
- 事物の本質を問うのではなく、それが我々の経験にとって現れる状態を扱う学問のこと。ドイツの哲学者フッサールが代表格として知られる。その後の流れを汲み、ハイデガーは現存在分析を、サルトルは実存主義的存在論などを生み出しました。(参考文献 : 現象学 / Wikipedia)
- 出典 : 生物学 – Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/生物学#:~:text=生物学(せいぶつがく,理学)の部分を指す。(参照 2023-9-27)
- 出典 : 生物学 – Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/生物学#:~:text=生物学(せいぶつがく,理学)の部分を指す。(参照 2023-9-27)
- 発達過程(胎児期や生後早期)における様々な環境によりその後の環境を予測した適応反応(predictive adaptive response)が起こり、そのおりの環境とその後の環境との適合の程度が将来の疾病リスクに関与する。(引用 : 昭和大学DOHaD研究班, DOHaDとは, https://www10.showa-u.ac.jp/~dohad/explanation.html )(参照 2023-9-26)
- DOHaD仮説が提唱された後、第二次世界大戦中のオランダ大飢饉や、中国の大飢饉に見舞われた集団の追跡調査研究から、精神疾患にも当てはまることが示されるようになります。(出典 : 『〈自閉症学〉のすすめ:オーティズム・スタディーズの時代』第五章 自閉症を生物学から考える. P256~257)